ネロリの朝

60代からの暮らしと、朝時間や山をゆっくり綴るブログ。

「空っぽの朝」には、名前があった

昨日の朝、目覚めたとき、心が空っぽのような虚無感がありました。 「がらんどう」「無」「脳に血が巡っていない」――そんな感覚です。

何もする気になれず、自分でも「?」が頭の中を飛び交いました。 起きる気力も湧かず、しばらくベッドにいましたが、まったく眠くはありません。 仕方なく体を起こしました。

そのうち、「これは何だろう」「うつ状態なのだろうか」と、不安がじわじわと押し寄せてきました。 とりあえず白湯を飲み、ベッドメイクをして、静かに瞑想をしました。

熱い紅茶を飲み、ブログを書いているうちに、少しずつ落ち着きを取り戻し、 おそらくストレスが溜まっていたのだろうと思えるようになりました。

朝食をとる頃には、ほぼいつもの自分に戻っていましたが、 「あれは何だったのだろう」と気になり、ネットで調べてみました。

どうやら、わたしが経験したような無気力の状態は、「アパシー(apathy)」と呼ばれることがあるようです。 精神医学や心理学で使われる言葉で、語源はギリシャ語の apatheia(感情に過度に左右されない状態)とのこと。

アパシーをひとことで言うと、 「やる気や感情の動きが低下している状態」。もう少し丁寧にいうと、 何かをしたいという気持ちが湧かない、興味や関心が薄れる、喜びや楽しさを感じにくい、行動に移すエネルギーが出ない――そんな状態を指すそうです。

よくある表現でいえば、 「無気力」「気持ちが動かない」「ぼんやり空っぽ」。 まさに、わたしが感じたあの感覚そのものでした。

うつ状態との違いは、 うつが、強い落ち込みや不安、自己否定などを伴うのに対して、 アパシーは、落ち込みというよりも「感情の動きが弱くなる」状態だということ。

うつは病気として扱われるのに対し、 アパシーは一時的な状態として現れることも多く、必ずしも病気とは限らないそうです。

アパシーは誰にでも起こりうるもので、 疲れがたまっているとき、楽しみにしていたことがなくなったとき、生活リズムが乱れたとき、心が無理をしていたあと、人と過ごして気を使ったあとなどに起こりやすいそうです。

つまり、心が壊れたのではなく、エネルギーが一時的に切れたような状態。 ――うーん、思い当たることが多すぎて、思わず笑ってしまいました。

人間の心って、本当に不思議ですね。 安心したのと同時に、うまくできているなあと感心もしました。

そんな空っぽの朝を迎えたわたしですが、 朝食後には、ジミ夫と一緒に絵画教室へ。 起きたときは「今日は休もう」と思っていたのに、 いつの間にか、集中して楽しく絵を描いている自分がいました。

心は固定されたものではなく、 波のように揺れながら変わっていくものなのですね。

過去にメンタルの不調を経験していても、 元気になると、その辛さは不思議と薄れていきます。 昨日は、起き抜けの無気力に少し動揺しましたが、 体をいたわるのと同じように、 心にも無理をさせすぎないようにしてあげたいと思いました。

昨日の渋谷・明治通り。早朝は雨でしたが、日中は青空が広がりました。

今朝は、普通に起きられました。昨日の朝のあれはいったい何だったのだろう?と感じるほど、ふだん通りの朝でした。今日も一日無理せず過ごそうと思います。

 

今日も読んでくださり、ありがとうございました。皆さまも、どうぞ良い1日を。

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